2学期の主題  神様の愛を受けてイエス様に従う 

    11月: 成長・実りの秋を感じて

*11月の聖書の言葉*「よい地に落ちた種は100倍の実を結んだ」  

11月のひかりのこども

 

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今、ようちえんでは・・・

八王子復活教会教会委員会幼稚園11月現況報告(2017年11月5日)より転載

運動会が終わり、ちゅうりっぷ組(年長)さんは高尾山へ。今年も天狗さんの大好物“タケノコのおにぎり”を持って88人の天狗さんに会いに出かけて行きました!そして、遠足に行った次の日は、天狗グツツを身に着けて、早速天狗ごっこが始まります。“もしかして、ここは高尾山?”と思うくらい、かわいい天狗が幼稚園中を走り回っていました。経験してきた事をすぐに再現して楽しんでしまうのが聖公会の子ども達!共通体験をしてきたからこそ、クラス皆で楽しんでいけるのでしょう!また、模造紙8枚をくっ付けた大きな紙にみんなで描いた高尾山登山の経験画は、なかなか豪快ですよ! そして、先週たんぽぽ組(年中)さんには多摩動物園から「遊びに来てください!」と、お手紙が来ました。“ヤッター”と飛び上がって喜ぶ子ども達。去年、自分達もたんぽぽ組さんに連れて行ってもらった事を思い出し、ゆり組(年少)さんも誘い、一緒に行く事になったようです。ただ何となく行くのではなく「キリンの模様は水玉?シマウマのしまは、縦、横?ゾウは水色?」と、疑問を解明するという目的を持って動物園に行く子どもたち。沢山の発見をしてきてほしいものです。 ハロウィンは、お天気に恵まれ、それぞれのコスチュームで楽しみました。中でも1番のヒットは、怪我をしてギブスをはめている朋子先生が“今しか出来ないから!”とさらに全身に包帯をぐるぐる巻きにし、“ミイラ”に変身!怖いもの見たさ?の子供たちは、事務所に押しかけ大盛り上がりでした。町内をグルッと周り、お隣の西野さんでもお菓子を頂き大喜びでした! 運動会に始まりハロウィンで終わった10月 気が付けば、甲州街道の銀杏の木も随分黄色くなり、あと2週間もすれば、いよいよページェントの準備が始まります。年長児にとって憧れのページェント!神様を近くに感じる良い準備の時となりますように…。

東京教区時報コミュニオン第35号より転載

日本聖公会東京教区事務所の許可を頂いて転載しました。

キリスト教幼児教育のミッションとは…

大森 弥生

「汝の幼き日に、汝の造り主を覚えよ」

 この言葉は、幼児教育に携わるクリスチャンならば、恐らくこの思いを心に抱きながら子どもたちと生活していることでしょう。「神様を知る」とは、どういうことなのでしょう。

クリスチャンホームで育ったのではない私の神様との出会いは、通っていた幼碓圃でした。教会とお祈りは、4歳の私にとっては、もの凄い衝撃でしたし、礼拝堂の静けさに怖さを感じたのを覚えています。そしてお祈り。「…になりますように」と自分のために願う事があっても、お友だちのために、知らない人のためにお祈りをするのは初めての事。「今日ね、お休みしてた○○ちゃんのためにお祈りしたんだよ!」と、お友だちのためにお祈りしたことが嬉しくて、得意げに母に話したのを覚えています。そして、数日後、必ずお友だちは元気になって幼稚園に来るのです。「神様は、お祈りを聞いてくれるんだよ!」

「神様って凄いね、ありがとうだね!」と言う母の言葉に、お祈りを聞いてくれる神様にどうしても会いたくなった4歳の私は、幼稚園中を探し回ったそうです。

そんな時代から50年以上たったこのハイテクノロジーの今、「神様・祈る」は子どもの心にどう響くのでしょうか…。幼碓園に入園してくる子どもは、それまで各家庭で養育されてきた子どもが殆どです。かつての私のように、入園して初めて出会う神様。幼稚園では毎週月曜日にお礼拝があります。年長児が年少児の手を繋ぎ神様のお家(聖堂)へ行きます。いつもは、戦いごっこを一緒にしてくれるお兄ちゃんが、お家ごっこを一緒にしてくれるお姉ちゃんが手を繋いで、連れて行ってくれるのです。優しい先生もお母さんもいる。いつもとは少し違うこの空間は、何か特別のような気がします。そこは「愛されている者がそこに集まり、神様に心が向かっている。」そんな温かさを感じるのです。子どもも大人も先生もみんな愛されている。そのままの自分が大切にされているという事を、この礼拝を通して、みんなが感じているような気がするのです。

 改めて「キリスト教教育のミッションとは」と考えた時、キリスト教を教えるのではなく、「そのままの自分が愛されていることに気付き、同じように周りの人を愛せる」それは、神様が私たちにそうしてくださっているからだということに、気付ける心の種を蒔く事なのだと思います。その種が芽を出した時「神様のお家」でのことを思い出すことでしょう。認められ、大切にされてきたことを思い出すでしょう。幼児期に神様と出会うことは、後の人生が豊かになることだと思います。周りの人を愛せるということは、感謝の心と、喜びを持った心穏やかな生活を送れることだと思います。未来を託す子どもが、互いに愛し合い、幸せを感じることが出来るように、一人でも多くの子どもが神様と出会いますように。そして最後に、長い歴史の中で、キリスト教教育の大切さに使命を感じてきた保育園、幼稚園、学校等々がこれからも先人たちの思いを胸に、神様と出会い、神様の愛を感じる機会を奪われることなく用いられますことを祈りつつ。

聖公会八王子幼稚園園長