2学期の主題  神様に愛されているわたしたち 

    9月: 走って・踊って

*9月の聖書の言葉*「神は愛です」  

9月のひかりのこども

 

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今、ようちえんでは・・・

八王子復活教会教会委員会幼稚園9月現況報告(2017年9月3日)より転載

昨年度から、長期休みもひつじ(預かり保育)をしているので、夏休みも、子ども達の元気な声が幼稚園に溢れていました。

午前と午後、プールに入ったり、時には公園まで、図書館へと遊びに行く事もありました。

ひつじの先生の助けを借りて、今年も沢山利用していただきました。

 夏季保育に久しぶりに来た子ども達は、日焼けをして、背も少し伸びて… クラスのお友だちに会うのを待ちこがれていたようです。

ちゅうりっぷ組(年長)は、早々に仲間を集めて氷オニを始めたり、お休み中に体験した“お祭り”を再現し、“かき氷屋、たこ焼き屋、チョコバナナ屋”を開店!

 

小さい組の子ども達は、「お祭り買いにいこ-」とお店屋さんごっこのお金を持って、お買い物。たんぽぽ組(年中)は、先生が用意しておいた魚釣りを発見!魚を釣ったら、網で焼いて…バーベキューです! きっと夏休みに、お友だちや家族とバーベキューを楽しんだのでしょうね!ゆり組(年少)は、久しぶりの幼稚園にちょっとドキドキの子も…登園時、涙のお友だちもいましたが、1学期の遊びを先生が用意する事で、楽しい幼稚園を思い出し、先生の周りに集まって“?ごつこ”の始まり! 31日には「聖公会まつり」で夏休みの終わりを締めくくりました。例年はすずらんの会主催ですが、今年は初の幼稚園主催。職員の家族の協力もありながらのアットホームなお祭りになりました!

東京教区時報コミュニオン第35号より転載

日本聖公会東京教区事務所の許可を頂いて転載しました。

キリスト教幼児教育のミッションとは…

大森 弥生

「汝の幼き日に、汝の造り主を覚えよ」

 この言葉は、幼児教育に携わるクリスチャンならば、恐らくこの思いを心に抱きながら子どもたちと生活していることでしょう。「神様を知る」とは、どういうことなのでしょう。

クリスチャンホームで育ったのではない私の神様との出会いは、通っていた幼碓圃でした。教会とお祈りは、4歳の私にとっては、もの凄い衝撃でしたし、礼拝堂の静けさに怖さを感じたのを覚えています。そしてお祈り。「…になりますように」と自分のために願う事があっても、お友だちのために、知らない人のためにお祈りをするのは初めての事。「今日ね、お休みしてた○○ちゃんのためにお祈りしたんだよ!」と、お友だちのためにお祈りしたことが嬉しくて、得意げに母に話したのを覚えています。そして、数日後、必ずお友だちは元気になって幼稚園に来るのです。「神様は、お祈りを聞いてくれるんだよ!」

「神様って凄いね、ありがとうだね!」と言う母の言葉に、お祈りを聞いてくれる神様にどうしても会いたくなった4歳の私は、幼稚園中を探し回ったそうです。

そんな時代から50年以上たったこのハイテクノロジーの今、「神様・祈る」は子どもの心にどう響くのでしょうか…。幼碓園に入園してくる子どもは、それまで各家庭で養育されてきた子どもが殆どです。かつての私のように、入園して初めて出会う神様。幼稚園では毎週月曜日にお礼拝があります。年長児が年少児の手を繋ぎ神様のお家(聖堂)へ行きます。いつもは、戦いごっこを一緒にしてくれるお兄ちゃんが、お家ごっこを一緒にしてくれるお姉ちゃんが手を繋いで、連れて行ってくれるのです。優しい先生もお母さんもいる。いつもとは少し違うこの空間は、何か特別のような気がします。そこは「愛されている者がそこに集まり、神様に心が向かっている。」そんな温かさを感じるのです。子どもも大人も先生もみんな愛されている。そのままの自分が大切にされているという事を、この礼拝を通して、みんなが感じているような気がするのです。

 改めて「キリスト教教育のミッションとは」と考えた時、キリスト教を教えるのではなく、「そのままの自分が愛されていることに気付き、同じように周りの人を愛せる」それは、神様が私たちにそうしてくださっているからだということに、気付ける心の種を蒔く事なのだと思います。その種が芽を出した時「神様のお家」でのことを思い出すことでしょう。認められ、大切にされてきたことを思い出すでしょう。幼児期に神様と出会うことは、後の人生が豊かになることだと思います。周りの人を愛せるということは、感謝の心と、喜びを持った心穏やかな生活を送れることだと思います。未来を託す子どもが、互いに愛し合い、幸せを感じることが出来るように、一人でも多くの子どもが神様と出会いますように。そして最後に、長い歴史の中で、キリスト教教育の大切さに使命を感じてきた保育園、幼稚園、学校等々がこれからも先人たちの思いを胸に、神様と出会い、神様の愛を感じる機会を奪われることなく用いられますことを祈りつつ。

聖公会八王子幼稚園園長