2学期の主題  神様の愛を受け神様に従う 

    11月: 成長・実りの秋を感じて

*11月の聖書の言葉*「良い地に落ちた種は100倍の実を結んだ」  

11月のひかりのこども

 

画面をクリックして詳細をご覧ください。

今、ようちえんでは・・・

八王子復活教会教会委員会幼稚園11月現況報告(2018年11月4日)より転載

運動会、高尾山登山(年長)、さつまいも掘り…と沢山の行事を経験し、子ども達は心も体も随分成長したような気がします。特に年長児は、クラス意識が高まり、仲間を集めて体を動かす遊びが楽しくなってきたようです。だけど、メンバーが足りない時には、年中さんに声を掛け、ルールを少し変えて行ったりと、実行するために何をどうしたら良いのか…、と考える力も付きたように思います。年中児は、多摩動物園からお誘いの手紙が来たので、年少児を誘って、来週遠足に行くようです。ただ行くのではなく、“どうしてなんだろう?なぜ?どうなってるのかな?”と、動物の疑問点を色々知ろうと目的を持って動物園行きの準備をしています。“さあ、キリンは、黄色にオレンジの水玉でしょうか?ゾウは本当に水色?シマウマの縞は縦?横?”どんな発見をして来るのか楽しみです!

今月は、保育参観があります。年長児は描画の活動を参観して頂きます。1学期に年長になって使い始めた個人持ちの絵の具の様子を参観して頂いたのですが、今回は“見たものを描く!”をテーマに鉛筆やクレヨン、割りばしペン…といつもとは違うもので道具を使って描き、感じた色を絵の具で作り塗るようです。画伯が沢山誕生しそうですね!年中児は制作活動を中心に、年少児は先週から始まってお当番活動を中心に参観して頂く予定です。満3歳児は無理ないよう自然な姿を参観、いえ参加?して頂けるよう、に企画中!

裏庭のブドウは、食べごろを迎え、遊びの合間にブドウ狩りを楽しみ、お庭のプランタンにはチューリップの球根がクラスごとに植えられ、来春の開花を待ちます。柿もそろそろ食べごろを迎え、まさに収穫の秋!

 

そして、来春迎え入れる可愛い新園児の準備が少しずつ始まりました。

「野のゆり」第72号(2018年3月4日発行)より転載

1月、2月と連続で大雪が降りましたね。都心でもかなり積雪が多かったようで、幼稚園の園庭も一面真っ白になり、子ども達はソリ滑りやかまくら作り、雪合戦など毎日のように雪遊びをして楽しむ姿が見られました。私は毎日の雪かきで腰や腕が痛くなってしまい「今年はもう降らないで…」と何度も思いましたが、キラキラの笑顔で雪の中を駆け回る子ども達の姿を見ると、雪が降るのも悪くないのかなとも感じました。今では、すっかり園庭の雪も溶け、子ども達はドッチボールをしたり氷オニをしたりお砂場で遊んだりを楽しんでいます。

 2月10日には、おたのしみ会がありました。ゆり組は【三匹のこぶた】の劇を発表し、「やい!こぶた!戸を開けろ!!」「や~だよ!オオカミなんかに戸を開けないよ~!」のやりとりは何度見ても微笑ましくて、元気いっぱいのゆり組にぴったりの劇でした。たんぽぽ組は、【三匹のやぎのがらがらどん】の劇を発表しました。劇で使う小道具は子ども達が色を塗ったものだったり、セリフも子ども達が考えていったりと、みんなで協力しながら一つの劇を完成させる姿に成長を感じました。ちゅうりっぷ組は、年長印の合奏と合唱の発表でした。真剣な表情で一生懸命に演奏をする姿や、元気いっぱいの大きな歌声を聴かせてくれる姿に、心がとても温かくなり涙がこぼれそうになりました。どのクラスも素敵な発表でとても楽しい思い出になりました。

 さて、3学期も残すところあとわずかとなりました。卒園式も近づき、ちゅうりっぷ組のお部屋からは素敵な歌声が聴こえてきます。この間、小学校へ見学に行ったちゅうりっぷ組の子ども達。卒園までの間、ひとつでも多くの楽しい思い出を幼稚園で作って、ワクワクな気持ちで小学校へ入学できるといいですね♪たんぽぽ組の子ども達は、4月からちゅうりっぷ組になることをとても楽しみにしていて、ウッキーちゃんのお世話も今ちゅうりつぷさんから教えてもらいながらやっています!今のちゅうりっぷ組のように、優しくてかっこいいちゅうお兄さん・お姉さんになりたいですね。

 ご挨拶が遅くなりましたが、今年度から聖公会八王子幼稚園に勤務させて頂いております。宮原恵と申します。今年度はたんぽぽ組の担任をさせて頂いており、毎日の保育の大変さや難しさを感じると同時に、子ども達と過ごす一日一日の大切さを身に染みて感じ、とても充実した日々を過ごしています。教会の皆様には、教会や幼稚園の行事等でお世話になることがあるかと思いますが、これからもどうぞ宜しくお願い致します。

 

 たんぽぽ組担任 宮原恵

東京教区時報コミュニオン第35号より転載

日本聖公会東京教区事務所の許可を頂いて転載しました。

キリスト教幼児教育のミッションとは…

大森 弥生

「汝の幼き日に、汝の造り主を覚えよ」

 この言葉は、幼児教育に携わるクリスチャンならば、恐らくこの思いを心に抱きながら子どもたちと生活していることでしょう。「神様を知る」とは、どういうことなのでしょう。

クリスチャンホームで育ったのではない私の神様との出会いは、通っていた幼碓圃でした。教会とお祈りは、4歳の私にとっては、もの凄い衝撃でしたし、礼拝堂の静けさに怖さを感じたのを覚えています。そしてお祈り。「…になりますように」と自分のために願う事があっても、お友だちのために、知らない人のためにお祈りをするのは初めての事。「今日ね、お休みしてた○○ちゃんのためにお祈りしたんだよ!」と、お友だちのためにお祈りしたことが嬉しくて、得意げに母に話したのを覚えています。そして、数日後、必ずお友だちは元気になって幼稚園に来るのです。「神様は、お祈りを聞いてくれるんだよ!」

「神様って凄いね、ありがとうだね!」と言う母の言葉に、お祈りを聞いてくれる神様にどうしても会いたくなった4歳の私は、幼稚園中を探し回ったそうです。

そんな時代から50年以上たったこのハイテクノロジーの今、「神様・祈る」は子どもの心にどう響くのでしょうか…。幼碓園に入園してくる子どもは、それまで各家庭で養育されてきた子どもが殆どです。かつての私のように、入園して初めて出会う神様。幼稚園では毎週月曜日にお礼拝があります。年長児が年少児の手を繋ぎ神様のお家(聖堂)へ行きます。いつもは、戦いごっこを一緒にしてくれるお兄ちゃんが、お家ごっこを一緒にしてくれるお姉ちゃんが手を繋いで、連れて行ってくれるのです。優しい先生もお母さんもいる。いつもとは少し違うこの空間は、何か特別のような気がします。そこは「愛されている者がそこに集まり、神様に心が向かっている。」そんな温かさを感じるのです。子どもも大人も先生もみんな愛されている。そのままの自分が大切にされているという事を、この礼拝を通して、みんなが感じているような気がするのです。

 改めて「キリスト教教育のミッションとは」と考えた時、キリスト教を教えるのではなく、「そのままの自分が愛されていることに気付き、同じように周りの人を愛せる」それは、神様が私たちにそうしてくださっているからだということに、気付ける心の種を蒔く事なのだと思います。その種が芽を出した時「神様のお家」でのことを思い出すことでしょう。認められ、大切にされてきたことを思い出すでしょう。幼児期に神様と出会うことは、後の人生が豊かになることだと思います。周りの人を愛せるということは、感謝の心と、喜びを持った心穏やかな生活を送れることだと思います。未来を託す子どもが、互いに愛し合い、幸せを感じることが出来るように、一人でも多くの子どもが神様と出会いますように。そして最後に、長い歴史の中で、キリスト教教育の大切さに使命を感じてきた保育園、幼稚園、学校等々がこれからも先人たちの思いを胸に、神様と出会い、神様の愛を感じる機会を奪われることなく用いられますことを祈りつつ。

聖公会八王子幼稚園園長